鯉のぼり

  • 2012.04.27 Friday
  • 23:46
 

 シラスのような白い布に、お絵かきして、鯉のぼりをつくりました。仮設住宅でのイベントに使うそうです。オリジナリティある鯉のぼりができました。この日は、鹿児島から来たTさんのボランティア最後の日なので、えんどう豆のテーマソング、オブラディオブラダも歌いました。仕事もして、中身の濃い一日になりました。

 Tさんの仕事は、ホームヘルプなのですが、重度の障がいを持つ人の生活を支える仕事だそうです。睡眠時間も3時間ほどの命を守る仕事と聞いて、びっくりしました。温かくて、お母さんという代名詞がぴったりの方です。主婦のプロで、南相馬で、寝泊まりしているぴーなっつ(生活介護)では、毎日、手作りのおいしい食事が出されたという話です。最終日、私もお邪魔してきました。家庭的で愛情を感じる手料理が、次から次と出てきました。ありがとう、Tさん。






鹿一キッズ

  • 2012.04.26 Thursday
  • 23:30


  カンバッジコンクールの応募してくれた「鹿浜第一小学校の鹿一キッズ」の皆さんです。参加賞にバッジを送り、お礼のメールが届きました。ありがとうございます。首を長くして、待っておられたとか。報告が遅れて、ごめんね。(他の参加者の方、バッジを制作中ですので、もう少しお待ちください。)

 震災と原発事故で、改めて思うのですが、子どもたちは、「希望」です。被災地に子どもたちも、傷ついてはいますが、それでも子どもたちの元気に、私たちは救われるのです。その子どもたちの命や可能性を脅かし、彼らを悲しませるのは、なしにしましょう。そんな国であってほしくないのです。未来は、彼らが作るのですから、彼らに引き継ぐため、心ある国にしましょう。

堀下さんの覚悟

  • 2012.04.25 Wednesday
  • 23:36



 シンガーソングライターの堀下さゆりさんが、「えんどう豆」に遊びに来てくれた。彼女は、被災した相馬の子どもたち、1,000人と「スマイル」を作りあげた人で、東京でのレコーディングの合間、バッジを取りにきてくれた。集落ごと流された磯部中学校の卒業式に参加したり、その他の学校の子どもたちとの交流が続いていて、子どもたちをどれだけ、勇気づけているか、計り知れない。(街でこどもが歌ってるんですよ。)

 彼女は相馬出身で、相馬にいる時に被災した。震災直後、原発事故で避難を余儀なくされた南相馬市の人たちが、相馬市にある旧相馬女子校の校舎に避難していた。彼女の母校でもある避難所に行って演奏し、子どもが元気になっていくことに、彼女自身が勇気づけられたそうだ。それがきっかけで、相馬の子どもたちとのコラボCD「スマイル」が生まれた。

 彼女は福島だけで活動しているアーティストではないので、片田舎の相馬にいると何かと不便のはずだが、相馬の子どもたちとの「きづな」を大事にしたいからと、相馬で生きることを選んだ。子どもたちが大きくなるまで、見守り続けたいと...。アルバムの曲に、その覚悟が垣間見える。


 あなたに逢えてよかった。
 
 何日も何年も一緒に時を刻もう。

 やがて年を取り

 背丈を追い越される日を

 楽しみに愛おしく

 想像して生きてゆきます。

 ほんとに ほんとに あなたに逢えてよかった 

(きずな)



 あしたもこんなありふれた毎日が続きますように

 この街で手をとり胸をはって歳をとれる様に

 あなたと隣で笑い合える

 そんな日がまたきっと来る   

(この街に咲く花のように)


福島の子どもたちに笑顔をプロジェクト



 


 えんどう豆のYさんが、彼女を気に入ってしまい、質問攻めにして大変でした。(汗)

「はちべい、なに照れてんだ〜?」 

お花見

  • 2012.04.23 Monday
  • 23:25
 「えんどう豆」のみんなと、花見に行ってきました。昨年は、原発事故で避難中で、花見どころではなかったので、今年はうれしいなぁ。鹿児島から、2回目のボランティアさんが来てくれました。これまた、うれしい。一日で四舎参りと神社のはしごをしてきました。帰りは、津波で被害のあった民宿の出している仮設の食堂で、海鮮丼を食べてきました。みんな、ハッピーな笑顔であったことは、言うまでもありません。












 





 食堂で「相馬野馬追」のポスターを発見。小高区の警戒区域も解除され、昨年できなかった雲雀ヶ原での神旗争奪戦、小高での野馬掛けも復活。相馬の復興をかけて開催される。日程が例年、7月23日から25日開催だったのが、休日を入れ、7月28日(土)から30日(月)の開催に変更されたんですね。一見の価値ありです。

和田さん

  • 2012.04.22 Sunday
  • 23:47

 
「にんじん舎」の和田さんは、JDF被災地障がい者支援センターの事務局長で、南相馬ファクトリーのバッジ事業の生みの親。原発が爆発した直後から、南相馬に入り、毎週と言っていいほど、支援を続けてきた。震災後の福祉の現場の司令塔となった。全国から駆けつけた多くのボランティアは、和田さんのお世話になっていると思う。

 バッジ作りのノウハウは「えんどう豆」にあって、現場でとりまとめたのは私だったけれど、南相馬の作業所が仕事がなくて、和田さんと二本松市の「なごみ」の佐藤さんたちが、南相馬に入って、プロジェクトを進めてくれた。自分たちの作業所も、原発事故の影響を受けている中での行動だった。

 「きょうされん」という福祉作業所の全国組織があり、和田さんはふくしま支部の支部長を務めていている。先日、総会があり、運営方針を示した文があるので紹介する。

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あの大地震、津波、原発事故のあと開催した支部総会。
連絡も十分でなく、会場もみどり工房さんにお借りし、開催さえも危ぶまれた支部総会に
支部結成以来最高の参加者が会場にあるれたことを思い出します。
支援に入ってくださっていた西村理事長の「ふくしますごいなぁ」という言葉を思い出します。

「ふくしますごいなぁ」今あらためて思います。藤井常務には、いつも会議の席で、「ふくしまは、その気にならないから数字があがらない。その気になると動き出すふくしま」と
言われていました。今、福島はその気になっています。

ひとつの事業所ががんばったところで、立ち向かえない巨大な困難が私たちの目の前にあります。県内でのつながり、全国でのつながり、他団体とのつながり、多くの人とのつながりで、一歩一歩前に、この困難に立ち向かっていかなければならないのです。

福島にとどまる障がいのある人たちを、そして彼らを支える若い職員たちに示さなければならないのです。私たちが進んでいく道を。
みんなでつながり、知恵と力を出し合って「働くこと」「暮らすこと」「支えること」に明日への道しるべを、みんなで見つけ出し、目標を、希望を、夢を、誇りを、しっかりと見据えて、進んでいきましょう。
以下の運営方針と事業計画を提案します。

 つながりを強化し、震災後の「仕事・暮らし・支え」の困難に取り組む。

 福島からしか伝えられないこと、福島だから伝えられることを発信する。

 多くに支援と感謝と、ふくしまに多くのものを残せる全国大会を準備する。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ローカルな福祉団体のことであるけれど、大切なメッセージを含んでいると思うのです。和田さんを見ていると、黒澤明の「七人の侍」を思い出すのです。あの話の敵は、野武士でしたが、今の敵は、放射線でしょうか?いいえ、違う所にあると思っています。震災後、いろんな人と出会う機会が増えていますが、和田さんと仕事ができたことを、うれしく思うのです。


Tさんの覚悟

  • 2012.04.20 Friday
  • 23:59



 震災と原発事故が、何が大切を教えてくれたと言えば、私にとって、人の命、そして普通に暮らすことがいかに大事かということだ。幸せは、当たり前の生活の中にある。震災後、家族が引き裂かれ、二重生活したことは忘れられない。

 えんどう豆のTさんの旦那さんは市役所職員で、奥さんと子どもを避難させた。残った旦那さんは、防災の担当部署で対応に追われ、疲れ果てていたと聞く。そして緊急時避難準備区域だったけれど、病院、学校が再開されると、南相馬に戻ってきた。避難先の福島市の方が、放射線量が高かったからかもしれないが、家族で共に暮らすことを選んだ。

 いつだったか、福島で活動しているシンガーソングライター「ave」の「福の歌」歌に勇気づけられたと聞いた。「誰かのせいにすれば容易いことを、自分のせいにして立ち上がろう」というフレーズが、南相馬に戻ることを、後押ししてくれたそうだ。福島県から約6万人が避難し、南相馬では半数の子どもがいない。それでも、南相馬で生活をする事を選び、幸せに暮らそうとしている人はいる。私は、どちらの選択も尊重する。

 今、彼女は、南相馬に戻り、えんどう豆でファクトリーの窓口として働いている。実は、私よりもキャリアはあって、利用者と共にある彼女の姿勢を、私は尊敬している。震災後、稟として、潔い覚悟のようなものを感じるのは、私だけであろうか。

Photo by ザルツ

畑までの散歩

  • 2012.04.19 Thursday
  • 22:29
 

 南相馬も桜が咲き出しました。天気がいいので、昼休みに畑まで散歩に出かけました。歩いて15分はかかるでしょうか。今年も、畑は作ることができません。きっと、野菜を作っても買ってもらえないでしょうから。今まで、社会福祉協議会さんで、100円で販売して、月に1万くらいの収入があったんですが、お金よりも、土と接すると、身体と心が健康でいられるので、大事な活動だっんです。

 屋内だけの仕事で、みんな太っちゃいました。実は私も、健康管理ができてなくて、お腹の周りが、かなりまずい状態になっております。晴れた日はウオーキングや、フライングディスクで運動したいと思っています。でも、体育館に避難物資がまだあって運動できないとか。何とかしてくれ!





 
 動物注意の「さる」の看板が見たいとの声があり、撮影してきました。

福島民友

  • 2012.04.18 Wednesday
  • 23:33


 福島民友で、ファクトリーのバッジの事が紹介されました。新聞の掲載を知らないでいたら、注文の電話があり、教えてもらいました。

 JDF被災地障がい者支援センターの「白石さん」は、今回、南相馬を支援してくれたボスでもあります。権利と自由を求め、社会と戦ってきた人ですが、絵本を作ったり、書を書いたり、アート系の才能もある方で、信望の厚い魅力的な方です。絆と描いたバッジは、標準デザインの仲間入りすることになりました。

高速道路?

  • 2012.04.17 Tuesday
  • 23:48
 

 原発事故さえなければ、埼玉県の三郷ICから相馬ICまでのびるはずだった常磐道は、南相馬ICから相馬ICまでの一部が開通。無料なので走ってきました。動物注意のサルの看板が多くあって、笑えます。開通記念の催しで、サイクリング大会があって、バッジを作らしてもらいました。でも、ここでのイベントは、放射線量が心配な所ではあります。2014年には、仙台方面につながる予定だそうですが、東京方面には、いつ、つながるのでしょう?県内のいわき方面に行くのが、すごく不便です。

 
 
 ちなみに、県立相馬養護学校は屋外での活動を2時間までとし、相馬市内の小中学校は3時間、南相馬市の学校、郡山市内の小中学校は、屋外活動について制限を設けないことにしました。個人も判断が分かれますが、市町村も分かれて、線量が高い所が制限なしというのも、変な話です。国が指針を示せていない状況なのでしょう。南相馬では、概ね半数の子どもが避難していますが、個人の判断すべき問題なのでしょうか?


くるみちゃんのデザイン

  • 2012.04.16 Monday
  • 23:33


「えんどう豆」の「くるみさん」のデザインが人気で、問い合わせが相次いでいる。葛飾の方から、彼女が描いた絵を送って欲しいと言われ、オリジナルバッジを作って完売したそうです。かわいいので、この度、標準のバッジの仲間入りをすることになりました。本人は、マイペースで、ほとんどお話をしないのですが、笑う時は豪快に笑うんですよ。手先はとても器用な方です。



 上が新デザイン、下が旧デザインです。小さい人みたいなのは、AKB48らしい。



 上はNGOの「アートオブリビング」さんから依頼されたバッジのサンプル。実際は、もっと、たくさん種類ができ、完成度が上がっています。1000個以上、ご注文を頂きました。絵や写真から、本人が描いたものを、デザインしています。くるみちゃんなら出来るとお願いされ、オリジナルバッジが出来ました。味があるんですよね。すっかり、デザイナーですね。



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