3.11 からの状況 えんどう豆(その2)

  • 2011.09.07 Wednesday
  • 00:01

 震災後、津波で海岸に近い集落は、家のコンクリートの基礎だけ残し、ふるさとの風景自体がなくなってしまいました。数日まであったあの風景を、もう見ることができないと思うとつらかった。人の過去さえ、奪ってしまうものでした。今回、津波で被災した写真を、私は撮れませんでした。今でも被災した画像が出ると体に反応がでます。友達や知人が亡くなりましたが、葬式さえできない状況がしばらく続きました。

 津波で被災した現場に、自衛隊、消防、警察が入り、捜索と後片づけをしてくれていました。我が家では電気だけは使うことができましたが、携帯、電話がつながらず、自宅待機。水道が止まり、テレビ、インターネットもだめ。街は自衛隊の車両が走り回っています。スーパー、コンビニも閉じて食料の入手が困難になり、ガソリンも買えず動きがとれない状態になりました。みんなのために何かしたいと、市のボランティアに参加し、支援物資を運ぶのを手伝ったりしていました。

 追い打ちをかけたのが、原発事故です。えんどう豆の研修生は全国各地に避難各地して、どこに避難したかわからず、自宅まで行っても留守だったり、安否確認に時間がかかりました。避難先が何度も変わった方がほとんどです。避難できないでいる研修生には、食料を届けたりもしました。当時は、もう、えんどう豆は再開できないのではないかと本気で思っていました。失ってはじめて、えんどう豆と研修生、そしてふるさとの相馬、南相馬が自分にとって大切なものであったことを実感しました。(ちなみに嫁さんも2ヶ月、線路や駅まで流されたため、常磐線が不通となり、仕事場の仙台から帰ってきませんでした。)

 「所長〜!元気?」避難した研修生に電話すると、皆、うれしそうに話してくれます。早く戻ってこれるといいなぁ。避難先で、新しい作業所に通っている人もいます。
福島や南相馬を応援しよう!カンバッジのデザインはは、そんな気持ちが詰まっているかもです。

photo by 塩入正夫



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