ぷらっと浪江

  • 2016.07.05 Tuesday
  • 23:36

ぷらっと浪江

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5年前にタイムスリップしたような感じで、現実とは思えない。人間は悲しい出来事を忘るから、そして前に進むから生きることができると思うのだけど、原発周辺の町の人は、今の現実として、地震や原発事故の現実と向き合っている。おそらく、2つの現実を生きているような感覚なのなのかもしれない。

 

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浪江町にあった福祉作業所のコーヒータイムの運営していた「ぷらっと浪江」は、町中にあった就労B型のカフェだ。ファクトリーの数名で、今は二本松市に避難している橋本さんに案内されて、浪江町に入った。原発事故前に、えんどう豆のみんなでランチを食べに来てカレーを注文して、好きな珈琲カップを選んでコーヒーを飲んだり、なかまの一人が大泣きしたことが走馬灯のように思い浮かぶ。

 

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町は地震の影響が大きく、壊れている建物があり、人気を感じない。もうすぐ避難解除される南相馬市小高区は、壊れた建物を壊してインフラを整えるまで3年くらいの時間をかけて町に人を戻したが、浪江は震災当時のまま変わっていないように見えた。建物の内部も、また同じ状況で、話はしているのだが、感情が追いついていかない。津波の時もそうだったが、感情的にきつい時、思考回路を断ち切ってしまうような人間の反応かもしれない。

 

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町に再び人が戻り、賑わうことがあるのだろうか?浪江町の役場の方と橋本さんの前で、私は言葉にできなかった。

 

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※町の様子は、googleのストリートビューで見れるそうです。

 

 

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ファクトリーに戻る時、2011年の3月、原発事故後も営業していたラーメン屋のすずの親父と、支援物資をボランティアで配っていたまちなかひろばの人のインタビューが、車のラジオから流れた。災害エフエムの放送は、今も当時の市民の様子を伝え続けている。車窓の外には、おびただしいプレコンパックの袋が、遺跡のように積まれている。いつまで続くのか? いつも、終わらせたいという気持ちが働くが、この光景を見る度に、怒りと哀しみがこみあげて、自分を動かす。ありふれた日常は戻らないのかもしれない。

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ふらっと浪江の観葉植物から芽が出ていた。

まだ、生きようとしていたと、橋本さんは水を与えている。

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