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2015.06.22 Monday

あさがおの訪問販売

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 いつもバッジの仕事をしている、南相馬市鹿島区の「あさがお」の移動販売車が、ファクトリーに来ました。この所、お弁当の製造と販売に忙しく、豆腐や豆乳、たい焼きも売っています。いつも元気のある作業所ですが、どこからパワーが出てくるのか頼もしい限りです。でも、無理しないでね!新しくできた作業所の「ともに」のお弁当、水曜日だけ作るそうで、注文してみました。

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2014.10.29 Wednesday

あさがおのオンラインショップ

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 南相馬ファクトリーのバッジやボールペンを作っている「あさがお」さんが、オンラインショップを開設した。大豆を畑に蒔いて、豆腐や味噌を作っていたが、原発事故で危機的な状況になってしまった。東京に足を運んで売っていた時期もあったが、いつも元気に前向きに活動している。グループホームがあり、警戒区域の双葉郡の障がい者の受け入れをしていた。12月には、地域活動支援センターを生活介護に移行する予定で、建物は完成している。クッキーや豆腐の薫製などの新しい商品も企画され、進歩し続けている。みんな、イキイキしている素敵な作業所だ。
2012.04.04 Wednesday

ノーマライゼーション




 障がいがあってもなくても、普通の場所で、普通の暮らしをすることができること。人間として幸せに暮らすこと。住む家があって、家族と暮らし、教育を受けて、社会人となり仕事をする。この考え方は、ノーマライゼーションと言い、福祉の根幹となる考えですが、私の中の永遠のテーマでもあると思っています。こんな当たり前のことが、実現できません。

 福島県においても、障がいを持つ子どもが家族と一緒に暮らせない状況であったり、辺鄙な山の中の施設で生活している状況がありました。グループホーム、ケアホームができたのは最近のことで、南相馬においては、まだ数件しかできてはいませんでした。就労についても、一般の会社で就労するような事例は少なく、作業所で少ない給料(工賃)と年金で生活しているのが実態です。

 南相馬では、「あさがお」と「ほっと悠」の主に精神に障がいを持つ人を支援してきた作業所が、グループホームなどの住む場所を提供してきました。また、働く機会を増やし、工賃向上させ、自立した生活をさせようと積極的に取り組んできました。この2つの作業所に行くと感じるのは、利用者のみんなと支援する人が一緒に、チームワークで仕事をしているということです。利用者の皆さんが自立した生活をしているという前提としているからでしょうか、元気に働く姿勢が伝わってきます。

 写真は「あさがお」のMさんです。震災後、グループホームの人たちと避難し、南相馬に戻ってきてからも、利用者の方たちを支え続けてきました。いつも稟としている方です。彼女たちの強さと優しさは、人間に対する愛情から来るものではないかと思います。原発事故という障害はあっても、彼女たちの生きる姿は輝くことでしょう。

(Photo by ザルツさん)
 
 
2012.02.22 Wednesday

ツートップ




 朝、あさがおさんに打ち合わせに行く。ここは、いつも元気で、活気がある。グループホームを持っていて、警戒区域から、避難してきた10人以上の障がいを持つ人を、支援しているそうだ。国から支援するお金が支払われていないそうで、困っていたが、そんなことがあっていいのだろうか?日中の支援の他に、夜の支援をしているのは、その人を丸ごと、支援していることで、頭が下がる。原発が爆発した時も、みんなを連れての避難だった。写真は、パワフルな司令塔の2人です。


 
2012.02.02 Thursday

線量測定室




 福島では、毎日のように、原発事故で撒き散らされた放射線の話が、報道されている。除染もスポット的に、行われているが、広大な森林や田畑、さらに海を人力で掃除?するのかと考えると、いささか現実的ではなく、パフォーマンスのようにも見えてしまう。相双地域の広さが東京都の広さくらいで、ほとんどが森林や田畑ですからね。実験では森林は除染の効果は、あまりないことが報道されました。

 それでも私たちは、フクシマに住むので、内部被爆を少なくする必要はあって、食品の放射線量を確認して、食物を食べたい。きっと、集落単位で、歩いていけるような距離に、ベクレルモニターが必要で、もちろん無料で検査できることが望ましいと思っていた。

 新聞をみたら、南相馬ファクトリーの「あさがお」が、検査機器を導入して、検査を行うことになったという。「あさがお」は、南相馬市の鹿島区にあって、原発から30キロ圏外だったが、大豆を栽培し、豆腐を作っていたので、原発事故以来、風評被害で、売り上げは落ち込んでいた。それでも、みんながんばっていた。安心して食べてもらう食品を提供しようという気持ちがあったはずだ。お菓子類も製造販売する準備もしているという。さすが、あさがお!

(上の画像、福島民報・2月2日)


2011.11.01 Tuesday

「あさがお」の記録

 


 「あさがお」は、就労支援、地域活動支援センター、グループホームを運営していて、震災と原発事故で避難を余儀なくされた。その様子は、ツイッターで全国に流れ、リアルな状況は報告されていた。4月はじめに避難先から戻って、その状況を聞いた時、その苦労がどれだけのものだったか、差別と偏見、恐怖と戦いながら、それでも感謝しながらの避難生活。頭が下がる思いでした。

 その状況を書いて欲しいと、西さんにお願いすると、東京でのプレゼン用に、仕上げたムービーを送っていただいたので紹介します。 すばらしい出来です! さすがですね。

(公開前なので限定公開。 ダメだったら削除します。)

http://www.youtube.com/watch?v=lp1mkP1MwZE
2011.09.14 Wednesday

「あさがお」さんのこと



 南相馬ファクトリーの各施設(ブランチ)の話をしよう。「あさがお」さんは、南相馬市の鹿島区にあり、福島第一原発より、30.5キロくらいの位置にある。主に精神障がいの方が働いている。南相馬市にありながら、警戒区域、緊急時避難準備区域の外にある。

 原発事故の時、全市民が避難を求められたため、「あさがお」も例外ではなかった。日中の支援の場の他に、グループホームを持っていたため、そこの利用者ごと避難する事になった。市が用意したバスには乗れず、自前で避難。福島を離れ、行く先が決まっていない中で、雪の中の峠越えは大変だったと聞く。南相馬からだと聞いて建物に入るなと言われたり、精神の障がいを持つことでの理不尽な差別も受けたそうだ。その話を聞くと、障がい者の理解や配慮は、この国では、まだまだの状態であることを感じる。それでも避難先ではお世話になったと、感謝の気持ちは忘れない。

 4月に入り、避難先から帰ってきた「あさがお」さんは、すぐに仕事を再開する。今まで大豆を栽培し、豆腐、味噌などを作ってきたが、借りていた畑に仮設住宅が建ち、風評被害で商品は売れない。被災地支援の販売会に、東京まで出かけるスタッフ。避難区域の外とはいえ、工賃は激減した。お弁当事業が再開したり、いつも「あさがお」に行くと、職員とメンバーが、一緒にがんばり、この状況を乗り切る意志を感じる。

 「ブログを書いてくれないかなぁ。」と言うと、「ありますよ!」との返答。さすが元気な所は違う。

http://blog.canpan.info/npo-asagao/2

(写真はトラベルデータさん提供。つながり∞のバッジを付けた画像を送ってくれた。感謝)
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