福島をずっと見ているTV

  • 2016.09.25 Sunday
  • 18:33

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9月26日(PM11;00〜)に、ほっと悠の村田さん(理事長)が、Eテレの「福島をずっと見ているTV」に出演する。

村田さんは、避難指示が解除された小高区にあった「ほっと悠あゆみ」を再開させることを決めた。

あゆみの利用者は3名ほどが戻ると聞いていたが、相馬に避難(移住)して、もくもくに通ってきている人もいて、元利用者の多くは戻れない状況にある。

ほっと悠には、ファクトリーが仕事を出したり、村田さんがバッジの注文をもらってきたりと、協力関係が続いている。

がんばれ、ほっと悠! がんばれ、村田さん!

おだかのひるごはん

  • 2015.04.12 Sunday
  • 22:49
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 避難解除準備区域にある南相馬市の小高区にある唯一の食堂「おだかのひるごはん」 。昼は入れるけれど、夜は泊ることは出来ない区域にあり、市役所や病院で働く人や、解除に向けて通ってきている人、除染の作業員や被災地ツアーに来る人が利用しているようです。地元のおばちゃんたちが働いていて、なじみのお客さんと話している姿は、サロン活動のようでもあり、復興に向けての、はじめの一歩なんだろうなぁと感じました。切れることなく人は入っていて、700円の日替わり定食をいただきましたが、ここで食事ができることは有り難いことです。

 ファクトリーの仕事に協力してもらっている「ほっと悠Mz」で所長として働いていたSuzukiさんが、「おだかのひるごはん」のスタッフとして働いていました。彼女は、障がいを持つ子の親で、小高区で作業所を立ち上げた人で、震災直後は彼女が柱になって、作業所は運営されていました。その後、退職されましたが、今回食堂の仕事をしていると聞いて、故郷の小高にどれだけ強い思いがあるのかを感じました。お店は、駅の近くの東邦銀行に裏(南側)にあります。

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あいさつ、練習中!

  • 2012.06.07 Thursday
  • 22:41



 ほっと悠のナカムラさんに、近況を聞いた。 お弁当とメール便、お食事処などの仕事が、戻りつつある。お弁当の配達のために、朝礼の時に、あいさつの練習をしていて、効果がでているそうだ。ほっと悠では、利用者のことを「社員さんと言って、会社のような感覚で、働いている。精神障がいの方が多かったが、バリバリと仕事をしていた。一時、少なくなったスタッフも揃ったが、仕事量は減ってしまってい、バッジも大事な仕事になっている。逆に言えば、バッジに依存しないようになれば、復興したと言えるのかもしれない。





東京のayakoさんちのひまわりです。大きくなってますね。えんどう豆のひまわりの先輩といったところでしょうか。ウチの息子(ひまわり)を、よろしくお願いします。m(_ _)m

小高へ帰ろう

  • 2011.11.06 Sunday
  • 21:32

 
 「小高へ帰ろう」への集い で、南相馬市鹿島区にある「さくらホール」へ出かける。ゲストは、シンガーソングライターの坂本サトルさん、石野田奈津代さん、声優の山寺宏一さん。ステージにも、バッジを付けて頂いて歌っていただきました。坂本さんは、バッジを作ってくると約束まで頂きました。感謝。

 小高区は、南相馬市にあって、警戒区域にあるので、そこに住むことはできません。戻れるかもわかりません。小さい町でしたが、町の人たちの絆が強く、ステキな所でした。あいにくに雨にも関わらず、避難先からこの日のために大勢の人が来ていました。震災依頼、会うことがなかったからでしょうか、久しぶりに会う顔に歓声があがっていました。

 「ほっと悠あゆみ」も南相馬市小高区にあり、販売に参加していました。全員が避難して、今は隣の原町区の「ほっと悠Ms」に通っているそうです。



 
  商工会議所や、大工さん、お菓子やさんなど、いろんな店が出ていました。小高商業高校のかりんとう屋さんもありました。彼女たちは、他の学校でサテライトで授業を受けています。母校がない状態なんですが、来てくれたんですね。





 ここに来ていた人は、小高区の人がほとんどで、「ふるさと」を奪われた人たちです。ライブが始まって、最後に「ふるさと」を歌いましたが、アンコールで、観客みんなが歌う場面がありました。私は、胸が詰まって、........。歌うことが出来ませんでした。同じ南相馬市でも、それぞれ状況が違い、ここに来なければ、こんな感情を共有はできなかったと思います。


 帰りの車の中で、子ども(小1)に質問されました。

「どうして、小高の人はおうちに帰れないの?」

 どうしてだと思う?

「地震が悪いんだよね。 地震がなければ、津波も来なかったよね」

 でも地震や津波だけだったら、お家に帰れたんだよ。

「じゃぁ、誰が悪いの?」

「............。」


ほっと悠の今

  • 2011.10.26 Wednesday
  • 23:14
「ほっと悠」は、南相馬で一番元気な福祉作業所であったと思う。お弁当、お店、メール便、お食事処、資源回収など事業も幅広く行っていた。震災と原発事故で、一時、職員が避難し、支援する人がほとんどいない状態であったが、今では、鈴木さん、工藤さんを中心に活動を再開している。再開した当時、全国の作業所から、支援センター経由で、支援を頂いた時もあったが、ほっと悠の事を大好きになって帰っていった事が印象深い。

工藤さんにお願いして、コメントを頂いた。
彼は、何役もこなしてがんばっている。無理しないようにね。






ほっと悠は

 1.明るいあいさつ
 2.元気にはたらく 
 3.みんな仲良く助け合う  
              を目標に日々仕事に取り組んでいます。



3.11の震災で多くの人たちが県内外に避難しました。

今も避難中の人たちはいますが、約半数の人たちは南相馬市に戻ってきました。

久しぶりに見るみんなの笑顔でこころが和みます(*^_^*)

毎日楽しく仕事をしたり、お話をしたり、ホントにみんな元気です!

仕事は以前よりも少なくなってしまいましたが、出来ることから少しずつ頑張っていこう

としています。

今は正月飾りの仕事や缶バッジ作り、お弁当づくりやメール便配達などをやっています。

みんなと一緒に仕事が出来ることの喜び、そして人に喜ばれることをして感謝してもらえ

ることがほっと悠のいいところです。

これからも地域の人たちに愛されるようなほっと悠にしていきたいですね。

                                
                         ( ほっと悠 工藤 )

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