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2016.03.10 Thursday

謝 辞

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 記念すべき旅立ちの日を迎えるにあたり、卒業生、修了生の保護者を代表いたしまして、ひと言御礼申し上げます。 

 校長先生をはじめ、諸先生方、職員の皆様、本日は私どもの子供たちのために、このような立派な卒業式を執り行っていただき、本当にありがとうございます。 

 そして、ご多忙のところ、お越し頂いたましたご来賓の皆様、心のこもったお祝いの言葉をいただき、生徒保護者一同、心から感謝申し上げます。 

 振り返れば、娘が保育園に通っていた頃、親の会で、いずみ養護学校と明和寮を見学した時からお話は始まっていました。やさしい雰囲気に包まれていたことと、校舎がきれいに磨かれていたことに感心して、母親と父親の私は、将来はここで学ばせたいと思いました。

  5年前、東日本大震災で、私が住んでいる福島も津波と原発事故で大きな被害を受け、常磐線が止まり、母親が仙台の会社に通っていたために、3ヶ月ほど離ればなれになりました。そこで知ったのは、家族とふるさとの大切さです。家族が離れて暮らすことはつらく、地元の学校か悩みましたが、娘の自立のために、いずみ高等支援学校の進学を決めました。その決断に後悔はありません。

  入学式、緊張して友達ができるかなぁ、ホームシックにならないかなぁと思っていましたが、寮からの帰宅日では、友達の名前がたくさん出て来て、学校に戻りたいという有り様でした。  時には厳しく、愛情をもって育ててくださった先生方、お互いに名前を呼んで、笑顔で声をかける仲間たち。私は授業参観や運動会などの断片でしか、ここでの生活の様子を知る事はできませんが、これほど愛情に満ちた学校を私は知りません。

  みんなで作り上げた学園祭、楽しかった宿泊学習、運動会で一番後ろを走る生徒に、「○○さん、頑張れ!」と声をあげ、みんなが応援する姿は、忘れられません。そして、心待ちにしていた三年生の修学旅行。たくさんの楽しい思い出がいっぱいでしょう。 卒業生のみなさん、みなさんが経験したことは、これから生きて行く上で、心の支えとなり、大切な宝物になるでしょう。時には、他人と比べて思い悩むこともあるかもしれませんが、あなた方、ひとり一人が魅力的で大切な存在です。大丈夫、自信を持って生きてください。

  入学から卒業まで、ひとり一人に寄り添い、愛情をかけて育てて下さった先生方には、心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。どうぞ、これからも卒業生、修了生のことを見守っていてください。よろしくお願い申し上げます。

  最後になりますが、いずみ高等支援学校のさらなる発展と、先生方のご健勝をお祈りして、お礼の挨拶とさせていただきます。



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2016.01.11 Monday

看板製作中。

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 休日なので、気分転換に娘と看板製作をすることにする。字体はこんな感じかなぁ。イラストレーターでアウトラインで修正しながら作業すると、娘は興味津々のようだ。切り文字より、適当な板があったので彫り込むことにする。トレースと彫刻を娘が手伝ってくれた。アウトラインを彫刻刀で切り出すのだが、木が柔らくて彫刻に向かないので苦労した。

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 NPOの会計について、嫁さんとネット上で行う会計ソフトの勉強する。会計に苦手な私にとっては任せたい部分。児童デイ、就労B、音楽事業、本部会計と分けて行う必要があり、就労は利用者部分の収益を切り離す必要もあるようだ。仕分けは慣れが必要かな。うむ、手強いぞ。
2016.01.10 Sunday

黒と赤

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 休日、全国から届いたひまわりの種を、郡山にある「にんじん舎」に運んだ。南相馬から飯館村を通り、国道4号線を通らずに、阿武隈山地を南下した。 飯館村はご覧の通り、田んぼや畑、住宅、道に添った山までが徹底して除染されていて、見るのがつらい。この状況ならば、飯館の人は戻るに戻れないのではないだろうか。飯館村から相馬市に避難している仮設住宅に住む人は、今もいっぱいの状況で、相馬の人は1割程度となっているので、大きな差を感じる。郡山に向かう川俣町、二本松市と阿武隈山地の他の市町村も除染で出た黒い袋は置かれてあって、少なからず影響はあるはずだ。忘れそうとしても、いつもこの現実は私たちの前にある。

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 元々置いてあった、錆びてどう見てもゴミのようなスチール製の下駄箱を塗装した。せっかくだから派手に、赤いペンキで塗った。ペンキが余ったので、木製のイスにも塗ってみた。

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 ハローワークにスタッフの募集を出す。初年度は厳しいなぁ。


 
2016.01.04 Monday

見ザル、言わザル、聞かザル



 震災からもうすぐ5年。節目の年と言われますが、福島の状況は様々です。

 ネガティブな面を見ざる、ネガティブな事を言わざる、ネガティブ事を言わざる。

 しかし、現状は明るい話題だけではないので、福島の現状を伝えることは必要です。

 福島が黙ってしまうと、原発事故が終息したと思われても仕方がない。

 これからも、心と体は前を向いていきたいものです。


 嫁さんからもらった虎屋の「ようかん」。デザインがステキですね。
2015.12.14 Monday

タイヤ交換のおまけ

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 タイヤ交換のため車屋さんに出かけると珍しいクルマがいた。いいなぁホンダS600 。
屋内には、ホンダの原点である自転車の補助エンジンを付けたのCab。パーツを見ると手作り感がなんともたまらない。自転車のリムにスプロケットをネジで微調整してセンターを合わせている。ホンダは、レースに参戦したり、ハイブリット車もつくる世界的なメーカーになったけれど、ここからスタートしたのだと思うと感慨深い。車屋さんは、ホンダの歴史と共にあり、思い入れも相当なものだ。今の自分に重ねつつ、少しづつ進んでいこうと思うのだった。


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2015.11.05 Thursday

海沿いの道

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 海沿いの道を久しぶりに走って、震災前、海に行くことが好きだったのに、広く雄大な海を見ると怖いと思うようになってしまったのに気づいた。南相馬の津波で直撃を受けた海岸近くの土地は、まだ除塩が進んでいなくて、人の気配のない荒地になっていた。震災から5年も経とうとしているのに、震災前に戻ることはないんだなぁと思う。


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 宮城県側は、JR常磐線のコンクリートの高架橋が作られ、復興に向けて確実に進んでいる。福島第一原発の汚染水の遮水壁のニュースが流れ、汚染水の貯蔵タンクが増え続け、解決の見通しが立っていないことや、放射性廃棄物のゴミの事を話した。「それは、おかしい!」と言われたが、答えようがない。正しいと思う事より、人が犠牲になっても、お金が大事な日本というメッセージを子どもに伝えるのは心苦しい。

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2015.09.13 Sunday

試乗の私情



 古い軽自動車に乗っているが、アイドリングが安定しないので見てもらう。待ち時間、ホンダのS660というスポーツカーに試乗した。トルクもあり加速もすごくて軽自動車じゃないみたい。幌を外してオープンカーにして走る。気持ちいい。低い乗車位置は慣れが必要かもしれないが、魅力的な車だ。価格は200万〜300万だとか。人気がありなかなか手に入らないらしい。でも、360cc時代のバモスのオープン仕様の方がドキドキしたかな。古い車の方が、運転して楽しいのはなぜなんでしょう。

 
2015.08.10 Monday

音楽との関わり




 娘がダウン症で生まれて、親の会を作った。ダウン症について知ってもらおうと、ミュージシャンの水越けいこさんのトークとライブをを企画した。(えんどう豆の親団体であるひまわりの会と共催。)水越さんもまた、ダウン症の子どもがいて、ネイビーブルーのランドセルという本を出していた。親が子どもに元気をろらうのは、障がいがあってもなくても関係ない。今、娘は17歳。時が経つのは早いなぁ。




その時、PA(音響)やイベントのことを紹介してもらったのが、相馬に1軒だけあるCD屋さんのモリタミュージックの森田さん。高校の先輩であったが、それ以後、音楽のイベントを開くことになり、お世話になっている。




2015.06.21 Sunday

父の日

 
 仙台の支援学校に行っている娘から、ハガキが届き、今日が父の日とも知りました。がんばって書いた文字。味がありますね。えんどう豆で働いていると思っているようですが、あなたが働く作業所を作る準備をしているんですよ。





 
2015.06.04 Thursday

旅の始まり

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 相馬の菊地蔵で行われた山口洋さんと仲井戸”CHABO”さんのライブ。地元の相馬をはじめ、県外からもたくさんのお客さんが駆け付けてくれた。二人は日本を代表するギタリストで、相馬盆唄をモチーフにした曲はすばらしかった。震災がなければ、こんな贅沢なライブは相馬では聴けなかったろうな。 アンコールが終わり、CHABOさんが退場した時、私の隣りにいた車椅子のEさんの前で足を止め、腰を落とし目線をさげ握手をした。さらに感動。月がとってもきれいな夜、思いと伝えるための二人に旅は、相馬からスタートする。

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スーパーの会議室である「菊地蔵」、ステージと音響、照明が入り、本格的のライブに使える場所に生まれ変わった。


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